しかし多くの読者の皆様に報告せねばならない責任も
感じております。
前に進まなければ未来は来ません。
いつまでも悲しんではいられないのです。
色々な思いが頭の中を巡り、
何から話せばいいのかも分りません。
結果として「胸の中に存在し続ける」事になった母。
他人や友達には普通に話せる内容の出来事も
親には内緒だったりする事ってありますよね?
それを全部話してみたり、反抗期の頃を悔いて
謝ってみたり、感謝している事を改めて口に出して
言ってみたり、返事の無い会話を一晩中
霊前で喋り続けていました。
涙が枯れ、声が枯れ、目が霞んできた頃には朝になって
いました。
母と2人きりでここまでの長時間会話した事は
初めてで、複雑な心境と共に寂しさや悲しさが
溢れてきました。
余命宣告をされたのが去年の7月。
残り3ヶ月と診断され「覚悟は出来ていた」つもりでした。
入退院を繰り返し、懸命な治療と献身的な介護で
その日より8ヶ月も長く生きながらえた母は
頑張ったと思います。
最後を看取る事は出来ませんでしたが
何とも安らかな寝顔でした。
お通夜を終え、告別式を終え、
小さな壷に入っていく母の遺骨を見た時に
「母は亡くなったんだな…」と実感しました。
母はこの胸の中に、母を知る全ての人の胸の中に
生き続けています。
私はこの悲しみを「糧」として明日に向かい
歩いていこうと思いました。
わたくしごとで失礼しました。
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どう声をかけていいのか良い言葉が浮かびません。
悲しいでしょうね。
まだ、山本さんは俺と歳があんまり変わらないのに、もう母親がいなくなってしまったんですね。
自分に置き換えたらその悲しさはすごく分ります。
今は悲しいでしょうが、強く明るく生きていく事が、天国の母さんも願ってられると思います。
「貴女のおかげで、山本さんに出逢う事ができました、有難うございました、安らかにお眠りください」
親の存在は 居なくなってからきずく事もたくさんあると思いますが
元気出してくださいね(´;ェ;`)ノ
人生に未熟なので 気の利いた言葉かけてあげられなくて
ごめんなさい<(_ _*)>
自分のことを、、
ぼくは、父親を大学生の時に亡くしました。。。
友人が慰めたり、励ましたりしてくれる中、、
ぼくは生きているんだってことを実感し、
ぼくが父親の分まで精一杯生きることが
最大の供養になるんだと決着をつけました!
まだまだ不完全ですが、人はそうしていろんな思いを
背負って生きていくんだと思います。。。
あとは、時間が解決してくれることを願って、、
失礼します<(_ _)>
気持ちの持ち直しはゆっくりでいいと思います。
一つコメントさせていただきます。
私事でございますが、亡くなった時に、
決心または、自分と向き合うこと、
これはすごく大事だと思います。
きっかけと言ってはいけないと思いますが、
この出来事はすごい自分への経験になると思います。
良く分からない文になってしまったと、思いますが、私のコメントを少し、お読みになってくれてありがとうございます。
ご冥福お祈りいたします。
私は山本さんのお母さんに感謝しております。貴方のような人を引き付けるパワーを持ち、人から必要とされる山本さんを世に出生していただいたこと。お母様も貴方のご活躍を見て、さぞ、ご安心されたことでしょうね!
山本さんの益々の御発展を祈願しております!
お帰りなさい!待ってましたよ!
いちばん身近な方が亡くなられ、まだ気持ちの整理もついていないと思いますが、お母様の分も精一杯生きてあげて下さい!!
延命されたお母様は、きっと家族に支えられていたから頑張れたんだと思います!!
素敵な息子さんを産めて、お母様は幸せですね。
きっと今も天国で、山本さんをずっと見守っていてくれてるはずです。
お母様の期待に答える程のご活躍、これからも楽しみにしてます!!